第二次世界大戦に参戦した当初、アメリカは完全に準備不足で、臨戦態勢がととのうまで数か月を要した。冷戦がはじまると、アメリカ政府は予算配分と研究開発を「軍事優先」にするという大まかな戦略を採用した。そして国策推進のために、軍と企業の利害を一致させる形で非公式の協力関係が築かれた。1961年1月の退任演説において、アイゼンハワー大統領は初めて「軍産複合体」に言及した。そして現在、全世界の兵器生産の約47%がアメリカの軍事支出によるものとされ、2011年のアメリカの軍事費は2位以下の13か国を合計した値を上回っている。まさに「軍事優先」である。