エジプト人がナイル川のほとりでピラミッドを築いていた頃、アッカド人やシュメール人やエラム人やバビロニア人やアッシリア人はメソポタミア中にジッグラトを築いていた。ジッグラトは階段状の形をしたピラミッドであり、一部のものは頂上部が平らになっていて、そこに神殿が設けられるようになっていた。最古のジッグラトが築かれたのは、シュメール初期王朝時代の、おおよそ紀元前
2900~2400年頃のことであり、対して最も新しいものとして知られるのは紀元前600年に築かれたものである。建材として用いられたのはレンガであり、中心部には日干しレンガが、表面にはより丈夫な焼成レンガが用いられた。エジプトのピラミッドと異なり、ジッグラトは基本的に内部に空洞を持たず、また前述のとおり頂上に神殿を有していた。時には、1基のジッグラトの上に複数の神殿が設けられることもあった (そうすることで、他の神の怒りを買うことのないようにしたのだ)。残念なことに、現在ではいずれの神殿も戦争、地震、宗教的対立などの原因で失われてしまっており、残っているのは頂上以下の本体部分のみである。ジッグラトには巨大な構造を持っていたものも多く、その1つであるバビロンのマルドゥク神殿に築かれたジッグラトは、かのバベルの塔の伝説に影響を与えたとも言われている。