遠い昔、世界のどこかで、独占欲にとりつかれた族長が土壁を作り、「この壁の中の物には手出しをするな」と宣言した。要塞の歴史の幕開けである。手にした領地の安全を確保するために、あるいは国境線の守りのために、あるいは領民を威圧するために、弱肉強食の世界に生きる者たちは、堀をめぐらせ、尖らせた杭を並べ、あらゆる種類の防壁を築いてきた。それは時には芸術と呼べる域にまで達することもあった。古代ローマの兵士たちは、日中はひたすら行軍を続け、夜ごと要塞のような野営地を築いた。やがて火薬が発明されたことにより、要塞のありかたも変化を迫られた。木や石でできた壁はもはや役に立たず、要塞は高くそびえるものではなくなった。かわって「要塞化」という概念は、塹壕やバンカー、トーチカ、地雷原、有刺鉄線、縦深防御といったキーワードとともに語られるようになる。とはいえ、内外の攻撃から兵士を守り、文明を守るという要塞の根本的な役割には、今も昔もなんら変わるところはない。