最初にストックホルムのことが文書に記録されたのは1252年のことである。その文書には鉄の貿易都市と記されているが、北欧の伝説では、ストックホルムこそ失われたアグナフィットの街 (伝説のアンジェ王が捕らえた花嫁スキヤルフによって吊るされた場所) とされている。また、スウェーデン人のビルエル・ヤールが、できたばかりの国を侵略者の艦隊から守るために築いたという伝説もある。どちらが (あるいはいずれも) 正しくとも、ストックホルムが急速に成長して商業、鉱業、漁業の中心地となり、後にハンザ同盟に参加したことは確かである。
15世紀になると、デンマーク人による支配を覆すことを切望する人々が増え、独立運動がストックホルムで盛んになりはじめるが、残念ながらこの革命運動はうまくいかなかった。1520年にストックホルムに入ったデンマークのクリスチャン2世が、スウェーデンの独立派を粛正したからだ (ストックホルムの血浴)。それでもつづく数年の間にさらなる暴動が各地で起こり、ついにカルマル同盟 (デンマークによるスカンジナビア支配の上品な言い方) を破棄させることに成功する。スウェーデンはついに独立を果たしたのである。最初のスウェーデン王グスタフ・ヴァーサは1523年に即位し、ストックホルムの人口は急速に増加。100年以内に人口は6倍になった。
20世紀後半、ストックホルムはヨーロッパで最高の学びの場の1つになった。世界屈指の歴史を誇るカールバーグ士官学校は1792年に、ヨーロッパ最高の医学校の1つであるカロリンスカ研究所は1811年に、王立工科大学は1827年にそれぞれ創立している。とりわけ古いのは、かの博物学者カール・リネウスが1739年に創始したスウェーデン王立科学アカデミー (ノーベル賞の本拠地) だ。ストックホルムはそのルーツである漁業、鉱業、貿易から離れ、今ではハイテク研究や現代的な工業生産を推進し、変わり者の科学者たちに大金を与えている。