ポルトガル最南端の地サグレスは、荒波が渦巻く大西洋へ旅立つ船にとって、最後の安全な寄港地だ。南方には、荒れ狂う海と恐るべきカーボ・デ・ナオ (「ノーの岬」) がポルトガルの船乗りたちを待ち受けていた。現在のモロッコに位置し、サハラ砂漠に面する大西洋岸のこの岬は、長年ヨーロッパやアラブの船乗りに航行可能な水域の最果てとみなされていた (岬の名はこれに由来する)。今日ではシャウナー岬と呼ばれているカーボ・デ・ナオは、ポルトガルが海洋帝国の夢を実現するためには克服しなければならない要害だったのである。
カーボ・デ・ナオや、その他のより危険な遠隔地の岬の数々を攻略するための計画 (そして最終的にはその実現)は、「航海術の学校」においておこなわれた。この言葉が何を意味するかについて、一部の研究者はポルトガルの船乗りの大半が航海術を船の上で実践的に学んだであろうことを指摘し、「学校」という言葉を広義に解釈している。しかし、航海術を学ぶ集約された学校、それもロマンを愛する船乗りたちによってサグレス岬の真ん中に建てられたもの、があったのだと唱える学者もいる。もしかすると船乗りたちは、そこで大西洋の危険を実際に観察し、克服する手段を練ることができたかもしれない。